【書評】社会正義のキャリア支援(著:下村英雄)

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注目を集めるキャリア分野のひとつ、社会正義のキャリア支援。一般的には、「社会正義」と言われると、身構えてしまう人が多いのではないだろうか。本書を読むと、「社会正義」と言っても、高邁な理想というだけでもないことがわかる。本来のキャリア支援の姿であり、日常のキャリア支援の延長線上にある。

「はじめに」で吐露される、筆者のキャリアカウンセリングに対する思いは、多くのキャリアコンサルタントに響くものだろう。困窮している人の支援を志した際、心理カウンセラーではなく、キャリア分野を選択した背景は何か。社会との接点において、人を助けたいと思う気持ちは、社会正義につながる要素を含んでいる。

こういった、イデオロギー的な面を打ち出す場合には、雄々しい理想に向かって奮い立たせる表現が用いられていることが多いように感じるが、本書では、そういった煽り立てるような表現はほとんどない。できるところからやっていこう、というスタンスが貫かれているのも、本書の特徴である。

その背景としては、キャリアコンサルタントあるいは支援業務そのものの持つスタンスが反映している。「傾聴」、「共感」、「受容」の3要素が基本的な立場としてあり、これを最大限に活用することが、最終的な目標を達成するには、結果的に1番の近道だということだ。

改めて、本書でいう「社会正義」とは何か。厳密な定義は避けられているが、おおむね、社会的弱者の支援をすること、個人間のカウンセリングにとどまらず、関連する社会システムへの働きかけも行っていく、ということになろうか。

この分野は欧州のキャリア研究者が中心となっているようで、ワッツ、サルタナ、アービング、フーリーといった研究者の理論が紹介される。厳密な理論紹介にこだわりすぎず、一般的な日本人に理解しやすい表現で、現在の社会主義キャリアコンサルティングの中心的な議論を理解することができる。

社会主義キャリアカウンセリングは、多文化キャリアカウンセリングから発展したものとされており、その分野の研究についても紹介されている。リチャードソン、レオン、ファド、ポープ、アルルマーニ、サビカス、ブルースティンといったあたりが取り上げられている。

欧米での議論においては、多文化から社会正義への移行は連続的なものとされ、きちんと説明されているものはほとんどないそうだ。欧米においては、基礎的な問題意識として共有されている部分なのだろうが、日本人にはわかりづらい。

多文化から社会正義への変化は、極めて大きな理論上の変化であると筆者は捉えており、その部分についても著者なりの補足がなされている。理論的背景に興味のある方にとっては、大変役に立つ部分だろう。

実際に行動に移していく場合のプラクティスについても、3つの可能なプラクティスとしてまとめられている。(深い意味での)カウンセリング、エンパワーメント、アドボカシーとなっており、詳細は本書にあたってほしい。

3つのプラクティスの説明も非常に丁寧でわかりやすい。実践において失敗しやすいポイントについて、実例を挙げて説明されているのだが、「社会正義」という立場が理解できるだけでなく、普段の一般的なカウンセリング業務でも陥りやすい落とし穴としても、有意義なケースが挙げられていると感じた。

アドボカシーの説明の中で、ロジャースの「静かなる革命」について触れられている。最先端の理論が、ロジャースの理論に回帰するというのが、印象的だ。もう一冊の「人間の潜在力」とあわせて、参考としたい。

最後に、サルタナの用いたキャッチフレーズが引用される。「認識において悲観的、行動において楽観的」。もともとは政治学者のグラムシの言葉で、いろいろな学問領域で引用されているそうだ。社会正義のキャリア支援においても、支えになる言葉だ。

わかりにくい概念も丁寧に噛み砕いて説明され、新しい考え方も納得感を持って理解できる。キャリアコンサルタントとは何なのか、存在意義に不安を感じたときに、その土台を再確認させてくれる一冊と感じた。

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